書籍“プロジェクトX〜”を読んだ。
番組だと聞き逃しちゃう言葉も
ちゃんと文字で見て、感じることがあるか
試したかったから。

分析人間(←私)は感動とか感情よりも
それまでの過程を分析することに
力を注いでしまうので...

しかーし。又しても、不思議な共通点を
見出してしまった。

出世欲も、金銭的な欲もなく
晩年は“清貧”である人が多いのだ。

つまり、心がきれいなのね。
それに、こういう姿勢って、なかなか真似
できるもんじゃないから、同性からの
支持を受けるのかもしれない。

だって、今までに何度も“生活出来る
お金があればいいよ”という言葉を
耳にしてきたけど。こんなこと簡単に
言いのけちゃう人が、現実的にちゃんと
考えた上で、彼らのような生活を指して
言っているとは考えられない...
(キレイ事と決めつけてはいません。
少なくとも、私のまわりで言ってる人たちは
本人達も認めるキレイ事なので。)

“生活出来るお金があればいいよ”
これは、見方を変えれば文句無しの
言葉だけどね。一種、慣用句に
なってしまってるという事実も
忘れてはならないのです。

肝心なのは、ヒトによって生活できる
ギリギリのラインが違うってこと。
だから、私は自分にとってギリギリのラインは
どこか、考えてみたりする。

もしかしたら、3ヶ月に1回旅行に行くのが
習慣になってしまっている人の
“生活出来るお金があればいいよ”って
いうのは、今と変わらない生活がギリギリって
ことかもしれないね。

言葉って、発する人によってこんなにも
響きや意味が違うのが面白いけど
それが、価値観の違いに通ずることもあって、
複雑だなぁ〜。

でも、間違いなく言える事。
それは、あの番組の主人公達は
“生活出来るお金があればいいよ”なんて
ことを、敢えて言ったりはしない。

だって、今の自分の生活に満足して、
胸を張って“幸せだった”と呟く人が
そんなこと言う必要がありますか?

彼らにとってこの言葉は無用であり
生活は現在進行形で進んでいるから。
そう、あの言葉は将来を思い浮かべたときに
使われる言葉なのだ。

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